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総会決議集
司法書士が国民に身近なくらしの中の法律家としての職責を果たすため、日本司法書士会連合会が労働問題に積極的に取り組む決議
【議案の趣旨】
司法書士が国民に身近なくらしの中の法律家としての職責を果たすため、日本司法書士会連合会は、以下の諸事業に積極的に取り組む。
一 労働トラブルの解決支援
二 ワークルールに関する教育・啓発活動
三 労働法制に関する意見提言
以上のとおり決議する。
2016年(平成28年)06月24日
日本司法書士会連合会 第79回定時総会【提案理由】
1.はじめに
国民が生活困窮状態に陥ることなく、暮らしが成り立っていくためには、国民一人ひとりが、適切な労働環境の下で安心して働き続けることができ、また、もし、何らかの事情で働くことができなくなったときには、人間らしい生活を送ることができる所得が保障され、あるいは、再び適切な労働環境の下で働くことができるような支援が受けられることが必要である。すなわち、国民の生活保障は、「雇用」と「社会保障」の2つが、いわば車の両輪となって機能して、初めて実現すると考えられるのである。
しかし、現在、一方では生活保護・年金などをはじめとする社会保障の切り下げが段階的に実施され、他方、以下で述べるとおり、低賃金で長時間働く不安定な非正規雇用、いわゆる「ワーキングプア」層の増加や、雇用の不安定化と労働条件の低下を招くおそれがある労働者保護法制の改正などが着々と進行し、また、違法・不当な労働環境下での労働を正社員・パートに強要する、いわゆる「ブラック企業」の広がりが社会問題となっている。
このような中、司法書士は、国民に身近なくらしの中の法律家としての職責を果たすため、以下で述べるとおり、それぞれが、国民の権利擁護の担い手として労働問題に積極的に取り組んでいく必要があるとともに、日本司法書士会連合会は、こうした会員一人ひとりの業務をより充実したものとするために取り組んでいく必要があると考えられるのである。
2.労働トラブルの解決支援の必要性
司法書士は、労働紛争の解決支援の局面においては、まだまだ新参者であることは認めざるをえない。裁判書類作成業務においても簡裁訴訟代理関係業務においても、まだまだ取り組みは不足しており、実績や経験も不足しているといえよう。この事実は、司法統計その他の客観的な統計からも明らかである。
他方、日本全国には6300万人を超える労働者が存在し、そのうち、4割以上の労働者は、いわゆる非正規労働者であり、そのほとんどは、加入する労働組合を持たない労働者である。今日、長引く不況の下、長時間労働、いじめ・各種のハラスメント、サービス残業、賃金不払い、賃金カットなどが横行しており、その結果、労働局に寄せられる個別労使紛争に関する相談は、平成20年度から7年連続して100万件を超える状況にある。労働トラブルに関する法的需要(特に、在職中の労働者の相談窓口の需要)は非常に大きいといえ、とりわけ、現在、急激に増加している、所属する労働組合を持たない非正規労働者に対しては、在職中に気軽に相談できる窓口を提供していくことは、権利擁護のための喫緊の課題であろうと考えられる。
そこで、司法書士は、国民に身近なくらしの中の法律家としての職責を果たすため、会員各自が、それぞれの事務所において、労働トラブルに対する相談活動及び労使紛争の解決支援のため裁判書類作成業務、簡裁訴訟代理関係業務等に積極的に従事し、国民の権利擁護の担い手として積極的に活動していく必要がある。また、日本司法書士会連合会は、こうした会員一人ひとりの業務をより充実したものとするため、各種の相談会活動、研修事業、会員に対する情報提供等を積極的に行うことのほか、謙虚な姿勢で他の関係機関との連携を図っていく必要がある。
3.教育・啓発活動の必要性
近時、厚生労働省は、「若者の使い捨てが疑われる企業等への電話相談」(いわゆるブラック企業110番)を実施しており、また、日本弁護士連合会をはじめとする各種の団体も同趣旨の相談会を実施し、多数の労働相談が寄せられている。
違法な労働環境を強要する、いわゆるブラック企業を根絶するには、そこで現に働いている労働者の権利を擁護するための活動(紛争解決支援)が必要なことはもちろんであるが、それ以前に、そういった企業及び労働環境を許容しない倫理感、あるいは、常識・良識を社会に広く浸透させていくことが肝要であろうと考える。
かかる観点から、労働者保護法制(特に、労働契約法、労働基準法など)に関する基本的なルールについて繰り返して啓発活動を行うこと、とりわけ、これから就職を予定している子供たちへのワーク・ルール教育の徹底をしていくことが重要であると考える。
日本司法書士会連合会及び各単位会は、すでに、子供たちに対する各種の法律教室の開催などの事業を実施しているところであるが、ワーク・ルール教育の観点から、子供たちへのアプローチをさらに充実させていく必要がある。
4.労働法制に関する意見提言の必要性
日本の労働者保護法制は、今、まさに岐路に立たされている。すなわち、平成27年に改正された労働者派遣法は、労働者派遣の業種・期間制限について抜本的な改正をしており、平成28年度通常国会に提出された労働基準法の改正案(高度プロフェッショナル制度)は、労働時間法制に関して抜本的な改正を企図している。これらの労働者保護法制の改正は、雇用の流動化を一層すすめ、結果として、雇用のさらなる不安定化と労働条件の低下を招くおそれがあると指摘されている。また、その影響は、派遣労働者・非正規労働者ばかりか、正社員など労働者全般にも及ぶ可能性があり、労働者世帯全体に貧困の問題がますます広がることにもなりかねないとも言われている。
このような中、日本司法書士会連合会は、まさに、国民に身近なくらしの中の法律家の立場から、労働者、使用者の切実なる声を代弁し、これを立法過程に反映させるべく、意見提言をし、世論を喚起する職責があろうと考える。
5.結語
以上に述べた理由から、日本司法書士会連合会は、司法書士が国民に身近なくらしの法律家としての職責を果たすために、労働トラブルの解決支援に向けられた各種相談会活動、研修、会員に対する情報提供及び他の関係団体との連携を行うとともに、ワーク・ルールに関する啓発活動や教育活動を通じてブラック企業等を許容しない社会環境を形成することを目指し、さらには、時宜に応じて、労働者・使用者の切実な声を代弁して世論を喚起し、国民の暮らしの中の生の声を立法過程に反映させていく等、労働問題に積極的に取り組んでいく必要がある。それゆえに、平成28年度事業計画に関連して、本決議を提案するものである。
(経費と財源)
①労働トラブルの解決支援、②ワーク・ルールに関する啓発及び教育活動、並びに、③労働法制に関する意見提言につき、必要な経費は、平成28年度一般会計収支予算案のうち、「Ⅱ 事業費」の「1 制度改善費」をもって充てる。