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意見書等
2004年(平成16年)10月14日
内閣府国民生活局 御中
消費者契約法改正についての意見書
日本司法書士会連合会
消費者法制検討委員会第1 はじめに
国民生活審議会消費者政策部会は21世紀にふさわしい消費者政策のグランドデザインの提示を目的 とし、平成15年5月「21世紀の消費者政策のあり方について」という最終報告をまとめており、そのポイントとして、消費者を保護されるものから自立した 法主体へと転換し、消費者自身が本来持っている権利行使を通じて自身の利益を追求するという「市場メカニズムの活用」を提言している。消費者の自立を前提 とした市場メカニズムの活用のためには、事業者間における公正な競争を確保する制度と、行政による消費者の自立のための環境整備が不可欠である。国が21 世紀の消費者政策としてこのような理念を掲げる以上、少なくとも消費者契約の特徴である圧倒的情報格差が是正される法整備が求められるものである。
以上の観点に立ったうえで、消費者契約法の改正について、以下のとおり意見を述べるものである。第2 意見の趣旨及び理由
1.(趣旨) 3条1項の、「…情報を提供するよう努めなければならない」を、「…情報を提供しなければならない」と改めるべきである。
(理 由) インターネットの急速な普及に代表されるように、高度・専門化する経済・生活環境において、消費者が平穏な消費生活を営むためには相当な努力を必要 とする。その意味で消費者契約法1条において「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差」を明記したことは評価できる。しかしながら、こ の「格差」が是正されないままでは「消費者の利益の擁護を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展」を望むことはできない。この格差を埋め るものは何より、事業者からの情報提供であると考えられる。
そもそも、事業者の情報提供義務については、従来から判例や学説において、民法上の 信義則理論により、不動産取引や先物取引、変額保険契約等で一定の状況のもとにこれが肯定されてきている。一方、消費者契約法3条1項においては、上記類 型に限定することなくすべての消費者契約において、事業者に情報提供努力義務を課したという点は評価できるものの、従来の判例等で認められてきた情報提供 義務を努力義務に緩和したものであるとの解釈に基づく事業者側からの主張を生むおそれがある。客観的に見ればそのような主張が誤りであるとしても、現実の 交渉の場面等において無用な混乱を生じる可能性は否定できない。
したがって、同条1項における「…情報を提供するよう努めなければならない」を、「…情報を提供しなければならない」と改めるべきである。2.(趣旨) 4条2項中、「故意に」を、「知りながら」に改めるべきである。
(理 由) 消費者契約法4条1項及び2項は、消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差を前提としたうえで、消費者の利益擁護の見地から、民法 の詐欺の要件を緩和することにより、消費者の立証の負担を軽減し、消費者が事業者の不適切な勧誘行為に影響されて締結した契約から離脱することを容易にし ようとするところにその立法趣旨があると解すべきである。このことからすれば、同条2項が事業者の故意を要件としている点は不適切であると言わざるを得な い。少なくとも事業者が、消費者にとって不利益となる事実を知っていながらこれを告知しなかった場合には、消費者は契約を取消すことができるとすべきであ る。
ちなみに経済企画庁の解釈によれば、同項の「故意に」とは、「当該事実が当該消費者の不利益となるものであることを知っており、かつ、当該 消費者が当該事実を認識していないことを知っていながら、あえて」という意味であるとされている。この解釈にしたがえば、消費者の立証の負担の重さという 点においては、民法の詐欺の場合とほとんど変わらないことになってしまう。また、同項による取消しが可能であるためには消費者の誤認が要件とされているの であり、消費者が不利益事実を認識していた場合にはそもそも誤認にはあたらず取消しができないのであるから、上記解釈のように、あえて「当該消費者が当該 事実を認識していないことを知ってい」たことまでを要件とする必要はない。
以上の理由から、同項の「故意に」を「知りながら」に改めることを求めるものである。3. (趣旨) 4条3項に規定する、取消しが可能となる困惑行為を不退去・監禁に限定すべきではない。具体的には、同項を、「消費者契約において、契約の勧誘 にあたって事業者が消費者を威迫した又は困惑させた場合であって、当該威迫行為又は困惑行為がなかったならば消費者が契約締結の意思決定をしなかった場合 には、消費者は当該契約を取り消すことができる」と改めるべきである。
(理由) 消費者契約法4条3項は、消費者による契約の取消しが認められる こととなる事業者の困惑行為を不退去、監禁のみに限定しているが、これでは現実の消費者被害の実態に照らした場合、あまりに範囲が狭すぎると言わざるを得 ない。不退去、監禁に限らずとも目的を偽って巧妙な手口により消費者に接近し、嫌とは言えない消費者の心理を巧みに利用し、もって消費者が悪質商法のター ゲットとされている事例が後を絶たないことはPIO-NET等からも明らかである。電話勧誘販売による被害事例が毎年多数報告されているのはその一例であ る。
同項の立法趣旨は、消費者と事業者の交渉力の格差を前提としたうえで、消費者の利益擁護の観点から、民法の強迫に該当しないケースであって も、消費者が事業者の不適切な勧誘行為によって契約を締結した場合に、当該契約からの離脱を容易にしようとする点にある。この点からしても、事業者の困惑 行為を不退去、監禁のみに限定したのでは極めて不十分である。
特定商取引に関する法律では、訪問販売、電話勧誘販売、連鎖販売取引、特定継続的 役務提供、業務提供誘引販売取引における事業者の禁止行為として、「契約を締結させ、又は契約の解除を妨げるため、人を威迫して困惑させてはならない」と 規定し(同法6条、21条、34条、44条、52条)、これに違反した場合には2年以下の懲役又は3万円以下の罰金を科している(同法70条)。このよう に、「威迫し困惑させる」との表現は、刑罰法規の構成要件としても現に用いられており、意思表示の取消しの要件としても十分に明確なものであると考えられ る。
以上の理由により、消費者契約法4条3項を標記のとおり改めることを求める。4.(趣旨) 4条4項の第1号、第2号を削除し、同項を「第1項第1号及び第2項の「重要事項」とは、消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきものをいう」と改めるべきである。
(理 由) 消費者契約法第4条第1項第1号や同条第2項は、消費者が事業者から違法性の強い勧誘行為を受けた場合、これを保護するために設けられた規定であ り、消費者に与えられた情報の種類がどのようなものであれ、当該事業者の行為は非難されなければならない。一方、すべの情報を上記規定の対象にすると、上 記規定で認められている取消権の乱用を招く恐れもあるため、「消費者の契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼす事項」に制限することは必要 である。
しかし、当該事項の中でさらに適用範囲を絞る合理性はない。すなわち、現行法では、内職商法(事業者から毎月一定の仕事を供給すると言 われたため、当該言動を信じて、事業者の指定するパソコンを購入した)に代表される、いわゆる消費者の購入「動機」について事実と異なることを告げられた り、点検商法(水道局から来たと言われ、水道水を点検してもらったところ、健康を害するおそれがあるなどと言われたため、その人の勧める浄水器を購入し た)に代表される、「消費者契約の目的となるもの以外のもの」について事実と異なることを告げられたりした場合は、重要事項に該当しないとの理由から契約 を取り消すことができないと解される可能性がある。そして、これらと典型的な消費者契約法第4条第1項第1号や同条第2項に該当する事例とは事業者の勧誘 行為の違法性(事業者が違法な勧誘さえしなければこのような契約は締結しなかった)という点については、まったく差異はないことから、いずれの事例におい ても消費者の利益は擁護されなければならない。また、上記内職商法や点検商法は国民生活センターが発刊している「消費生活年報」に記載されている販売方法 手口別相談件数の統計資料においても毎年上位に記載されており、事業者が消費者の心理や無知に付け込んでいる状況は減少傾向にあるわけでもない。
したがって、重要事項は「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの」にすべきであって、現行法のように、さら に、「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質、用途その他の内容」、「物品、権利、役務その他の当該消費者契約の目的となるものの 対価その他取引条件」に制限すべきではない。5.(趣旨) 7条1項の取消権の行使期間を伸長し、少なくとも追認をすることができる時から3年間、消費者契約の締結の時から10年間程度とすべきである。
(理 由) 消費者契約法の立法過程における国民生活審議会の議論においても、消費者団体から選出された委員を中心に、取消権の行使期間を追認をすることができ る時から6ヶ月間としたのでは、現実に消費生活センターなどに寄せられる相談の半数以下しか救済することができないことから、最低でも追認可能時から1年 間は設ける必要があるとの意見が主張されていた。
消費者契約法の内容は、消費者の権利を殊更に強めたり、消費者の義務を必要以上に免除するもの ではなく、また事業者の権利を不当に制限したり、必要以上に過重な義務を課すといったものでもない。本法の内容は、消費者と事業者との格差を前提としたう えで、あくまでも消費者の権利擁護の観点から、消費者契約における真に公平な民事ルールというものを明文化させたものに過ぎず、その意味では当然のことを 規定したに過ぎないと言うことができる。
本法7条1項において取消権の行使期間を民法126条よりも短期に設定した理由として、経済企画庁の説 明では、第一に、事業者の行う取引は迅速な処理が求められ、かつ、取引の安全確保、早期の安定化に対する要請が強いこと、第二に、本法が民法の規定よりも 取消しを広く認めていることとのバランスを取る必要があることが挙げられている。このうち、第一の理由を重視しつつ取消権の行使期間を極端に短期に設定す ることは、むしろ消費者の利益を擁護しようとする本法の立法趣旨を没却することになりかねない。また、第二の理由についても、本法4条1項から3項の規定 自体が、取消し可能な範囲を民法の規定に比して極端に広げた内容とはなっておらず、極めて限定的な範囲の拡張に留まっていることから、取消権の行使期間を 極端に短くする理由としての説得力を欠くものである。
したがって、取消権の行使期間を、少なくとも追認をすることができる時から3年間、消費者契約の締結の時から10年間程度に伸長することを求めるものである。6.(趣旨) 10条を、「消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」と改めるべきである。
(理 由) 消費者契約法10条は、消費者契約において消費者に不当に不利益な条項を無効とするいわゆる一般条項である。同じ趣旨の条文はドイツやEU、韓国な どの立法にも存在するが、それら外国の一般条項に比べて、本条は条文の構成自体が複雑かつ難解であり、解釈上も、以下に述べるような問題がある。
その所以は、前段において、「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し」という要件を規定し、かつ後段において、「民法第1条第2項に規定する基本原則に反して」という要件を併せて規定している点にある。
本条の趣旨は、消費者と事業者との情報量及び交渉力の格差を前提とし、消費者契約における消費者の利益を一方的に害する条項のうち、信義誠実の原則に反す ると言える程度にまで不当な条項を無効とし、消費者の利益を擁護しようとする点にある。そうだとすれば、後段の要件のみで足りるのであって、前段の要件、 すなわち任意規定との比較という要件をも重ねて規定する必要があるかについては疑問である。前段の要件が規定されることによって、民法、商法その他の法律 の任意規定との比較が可能である契約条項のみが同条の対象であるかのような理解につながるおそれがあるが、このような理解は適切ではない。当該条項が消費 者の利益を一方的に害するものであり、本条によって無効とされるか否かの判断はまさに、民法第1条第2項の基本原則すなわち信義誠実の原則に反する程度に まで不当か否かという観点からなされることで必要かつ十分であり、そこにおいて必ずしも任意規定との比較が行われなければならない訳ではない。仮に先に述 べた理解に従えば、消費者の利益を一方的に害することが明らかであり、かつその程度が信義誠実の原則に反すると言えるほどに不当な条項であっても、形式的 に民法、商法等の任意規定との比較が不可能であるという一点のみをもって同条が適用されないこととなってしまい、このような解釈は不適切であると言わざる を得ない。
消費者契約法の立法過程において、当初、詳細な不当条項リストが示され、これを明文化しようとする提案がなされていたものの、その後 大幅な見直しが図られた結果、現行法上、具体的な不当条項リストとしては8条と9条のみが存在するに過ぎない。8条と9条には該当しなくとも消費者の利益 を一方的に害する不当条項というものは現に数多く存在し、今後も増えていくことが予想されるのであり、この点からも一般条項の適用範囲を不当に狭めるよう な解釈を招来しかねない現行法10条の表現は適切ではない。
以上の理由により、同条を標記のとおり改めるよう求めるものである。7.(趣旨) 立法過程において議論となった以下の原則を条文上明記すべきである。
(1) 契約条項の合理的解釈によっても、その意味について疑義が生じた場合は、消費者にとって有利な解釈を優先させなければならない。
(2) 交渉の経緯等からは消費者が予測することができないような契約条項は、契約内容とならない。(理由)
趣旨(1)について
平成10年1月の第16次国民生活審議会消費者政策部会中間報告「消費者契約法(仮称)の具体的内容について」では、「契約条項の解釈は合理的解釈による が、それによっても契約条項の意味について疑義が生じた場合は、消費者にとって有利な解釈を優先させなければならない」との規定を設けることが提案されて いた。いわゆる「消費者有利解釈の原則」である。ところが、続く第17次国生審報告ではこのような規定を設けることに否定的な見解が述べられ、最終的に明 文化は見送られることとなった。上記17次国生審報告は、否定的見解をとる理由として、「(消費者有利解釈の原則は)公平の要請の当然の帰結であると考え られる」とした上で、「特定の解釈原則が法定されることによって、安易にこの解釈原則に依拠した判断が行われ、真実から遠ざかることになるおそれがある」 こと、及び「裁判外での相対交渉への影響を懸念する意見があった」ことをあげている。しかしながら、上記理由付けにおいて述べられている懸念は、消費者と 事業者との情報量及び交渉力の圧倒的な格差を前提とすればむしろ杞憂なものであり、それ故に立法化を避けるという論法は本法の立法趣旨に照らして説得力を 欠くと言わざるを得ない。消費者有利解釈の原則が、「公平の要請の当然の帰結である」ことは上記国生審報告自身が述べているとおりであり、そうである以 上、消費者と事業者との格差を前提とし、消費者の権利の擁護を目的に掲げる消費者契約法において、この規定を明文化すべきであることは論を待たない。さら には、消費者有利解釈の原則を明文化することにより、事業者がより明確な契約条項を作成するようになるという効果も期待できるのであり、この点も本法の立 法趣旨に合致するものである。趣旨(2)について
同じく第16次国生審中間報告では、「交渉の経緯等からは消費者が予測で きないような契約条項は、契約内容とならない」との規定を設けることが提案されていた。ところが、この規定も第17次国生審報告では取り上げられることな く、法文化は見送られることとなった。その理由は必ずしも明確ではないが、国会質疑において、「不意打ち条項の法定については、明確な要件とはなりにく く、予見可能性の高いルールに規定するにはなじみにくいものである」こと、「不意打ち条項の適用が想定される場面については、本法4条1項及び2項の誤認 類型や、10条の一般条項等の規定により、相当程度カバーできる」との説明がされている。
このうち、予見可能性の問題については、これを担保する観点から要件をある程度まで限定することが必要であることは言うまでもないが、これはまさに規定の仕方についての問題であって、法文化そのものを避けるに足りる理由として十分ではない。
また、本法4条1項、2項でカバーできるという点については、4条が意思表示の取消しによって契約自体の効力を否定しようとする規定であるのに対し、不意 打ち条項は契約そのものの効力は維持したうえで、当該条項の効力のみを否定しようとするものであり、両者はそもそも目的を異にするものであるから理由とし ては当らない。
さらに、本法10条でカバーできるという点については、本法10条は、主として「消費者の利益を一方的に害するものであるか 否か」を問題にしているのに対し、不意打ち条項は、「消費者が予測できるものであるか否か」を問題にしているのであり、両者は明らかに適用の場面を異にす るものである。実際上も、消費者の利益を一方的に害するとまでは言えない条項であっても、交渉の経緯からして消費者が予測できないような条項は少なくない のであって、この点からも不意打ち条項規制を法文化することには十分な理由があると言える。
以上の理由から、標記の趣旨(1)及び(2)について明文化すべきであると考える。8.(趣旨) 消費者団体に不当条項、不当表示、不当広告、の使用差止請求訴権、不当勧誘行為の差止請求権を付与すべきである。
(理 由) 消費者契約法により消費者が自らの権利を守る新たな道具を手にしたとはいえ、現実に個々の消費者が事業者を相手に交渉をしたり、訴訟を提起すること には時間や費用が掛かるうえ、多大な精神的負担を伴う。このことは、消費者・事業者間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみれば、言うまでもない ことである。また、現在の個別的事後的な被害回復方法のみでは、時間や費用等がかかるだけでなく、将来における同様の消費者被害の発生も抑止することがで きないことから、悪質な事業者は増加こそすれ減少しないことは明白であり、健全な契約社会を実現するためには現在の制度では不十分であるといわざるを得な い。すなわち、消費者自らの手によって事前的に、いわゆる消費者被害の救済が行える制度を創設することが不可欠である。具体的には、現在、市場の監視者と しての役割を果たしている消費者団体に不当条項(消費者契約法8条、9条、10条に抵触する条項)・不当表示・不当広告(消費者契約法4条に規定されてい るような表示・広告)の使用差止請求訴権及び不当勧誘行為(消費者契約法4条に規定されている行為)の差止請求訴権を与えることである。これにより、市場 では当該制度を起因とした事業者と消費者との間の適切な条項や表示・広告・勧誘に関するルール形成が行われ、悪質な事業者を市場から締め出すという効果や 被害の未然防止という効果が期待でき、現在、掛かる費用や時間や精神的負担に挫折し、泣き寝入りをしていると思われる多くの消費者の数を激減させることが できると考える。