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意見書等
2005年(平成17年)11月02日
内閣府規制改革・民間開放推進会議 規制見直し基準WG 御中
商業・法人登記の行政書士への開放について(回答)
日本司法書士会連合会
会長 中 村 邦 夫時下益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
平成17年10月24日付けで貴会議よりご照会のありました「商業・法人登記の行政書士への開放について」に対し、当連合会は以下のとおり回答いたします。第1 商業登記制度を担う公的資格についての当連合会の基本姿勢
1. はじめに
現在わが国が、「事前規制調整型社会」から「事後監視救済型社会」への転換による21世紀の活力ある国づくりのため、国、社会の各方面において規制改革を推進することは、国民の利益にかなうことであり、当連合会はこれに賛同するものである。
また、活力ある国づくりは、創意と工夫による魅力的な自己実現社会の創出であり、不要な規制の撤廃や緩和をする一方、情報公開や「透明なルールと自己責任」原則による「事後監視救済型社会」の秩序や基盤の拡充が急務であると考える。
したがって、「事後監視救済型社会」の秩序や基盤の拡充を図るには、国民が信頼し安心して新たなニーズを託せる「事後監視救済型社会」を担う専門家が必要不可欠であり、その意味で公的資格者制度の一層の拡充が強く求められていると考える。2. 公的資格制度の目的
規制緩和推進3か年計画(再改定)(平成12年3月31日閣議決定)においては、公的資格制度の目的を「国民の権利と安全や衛生の確保、取引の適正化、資 格者の資質やモラルの向上等のため、厳格な法的規律に服する資格者が存在し国民に安心できるサービスを提供すること」とするが、当連合会は、この見解に賛 同するものである。しかし、「国民生活の利便性の向上、当該業務サービスに係る競争の活性化等の観点」から、「業務独占資格者の業務のうち隣接職種の資格 者にも取り扱わせることが適当なものについては、資格制度の垣根を低くするため、他の職種の参入を認める」ことがあるとしても、その参入結果が、上記公的 資格制度の目的にもとるものであってはならないものと考える。3. 商業・法人登記制度の目的及び意義
商業・法人登記制度 は、商法、会社法その他の法律の規定により登記すべき事項を公示し、商号、会社等に係る信用の維持を図り、かつ、取引の安全と円滑に資することを目的とす る。わが国の取引社会において主要な役割を果たしている会社その他の法人は、唯一、商業・法人登記制度によってその存在が公示されているのであり、言い換 えるならば、わが国の取引社会は、商業・法人登記制度を中核的基盤として成り立っているのである。したがって、商業・法人登記の信頼性を確保することは、 わが国の社会全体の要請として強く求められている。4. 本回答書の視点
当連合会は、上記の見解に立脚して、国民の権利と安 全を確保し、国民に安心できるサービスを提供することを目的とする公的資格制度の中で、わが国の取引社会の基盤である商業・法人登記制度の信頼性を維持す るため、どのような資格者にこれを担わせることが適当であるのか、という視点から回答をなすものである。第2 商業・法人登記業務の開放について
当連合会は、行政書士への商業・法人登記業務の開放に強く反対する。その理由は、以下のとおりである。1.商業・法人登記業務を行うには、高度な知識及び能力が必要である。
第1の3でも述べたとおり、商業・法人登記制度は、商取引上の重要事項に関して公示機能等を有し、権利義務の主体となる会社・法人の設立や、それらの活動 に伴う取引の安全等、経済秩序の維持にとって必要不可欠の制度であり、国民の権利に多大な影響を与え得るものであるから、国民の権利が不当に損なわれるこ とがないように、商業・法人登記業務を適正円滑に行わしめ、商業・法人登記制度に対する信頼を確保する必要がある。
ところで、商業・法人登記に おいては、例えば、株式会社だけをとってみても、設立の場面だけでなく、合併、会社分割、組織変更、株式移転、株式交換及び株式移転等の組織再編成に関す る場面、新株予約権の発行に関する場面、清算に関する場面等、あらゆる場面において様々な登記が必要となるものであり、これらの各場面において、それぞれ に登記すべき場合や登記すべき事項等については、会社法や商法、又は各法人の設立根拠法令において定められているところ、近時、極めて高い頻度で、これら の実体法令の改正が行われている実情にある。
さらに、商業・法人登記の手続については、商業登記法等の登記手続法令だけでなく、膨大な登記先例や通達を前提とした取扱いがされている。
第1の2に記載した公的資格制度の目的からすると、わが国の取引社会の基盤である商業・法人登記制度に係る業務を資格者として担う以上、商業・法人登記制 度の適正円滑な運用に資するようにその業務を行うことが当然に求められているというべきであるから、資格者として登記の申請を行うに際しては、登記申請の 原因となる事項が関係法令に照らして適法であり、また、登記の申請書の記載内容や添付書面の内容が関係法令に合致するものであるかを的確に判断できること が必要である。そのためには、登記手続法令だけでなく、会社法、商法、各法人の設立根拠法令等、商業・法人登記手続に関係する様々な法令に関する十分な理 解が必須となるのであり、また、前述したように、登記手続においては、登記先例や通達を前提とした取扱いがされているから、登記手続の円滑な遂行のために は、登記先例等に対する十分な理解も当然必要となる。
このように、資格者として商業・法人登記業務を行うには、その業務の適正円滑な遂行に資す るだけの高度な知識及び能力が要求されるのであり、司法書士は、後述するように、制度上、これらの能力が担保されていることから、商業・法人登記業務を独 占業務として行うことが許されているのである。2.行政書士が行う業務は、書面作成業務である。
現行法上、行政書士は、登 記手続の代理業務を行うことはいっさい認められておらず、単に商業登記の申請において添付書面として使用されることのある定款や株主総会議事録等の書類を 作成することができるのみであり、これらの書類作成に際しては、当然、何らの法的判断もされていないのであるから、たとえ、行政書士がこれらの定款や株主 総会議事録等の書類を作成していたとしても、その事実をもって、行政書士が資格者として商業・法人登記業務を行い得るだけの知識及び能力を有しているとは いえないことは明らかである。3.「会社設立時等における書面作成等のうち約9割以上を行政書士が担当している現状を踏まえ、行政書士へ商業・法人登記業務を開放することによって、手続に関する時間及び費用が短縮され、国民の利便性が向上する。」との日本行政書士会連合会の主張について
(1) 「会社設立時等における書面作成等のうち約9割以上を行政書士が担当している現状」があるとの日本行政書士会連合会の主張については、当連合会としては、そのような「現状」があるとは認識していない。
(2) 商業・法人登記業務を適正に行い得る能力を有しない者に、資格者として商業・法人登記業務を行うことを認めた場合には、不備な登記申請が多発する等の事態 が生じ、その結果、国民の権利が不当に損なわれるおそれが高い。したがって、商業・法人登記業務を適正に行い得る知識及び能力を有すると認められない者に これを認めることが国民の利便性の向上につながるとは到底いえない。
なお、上記の日本行政書士会連合会の主張を前提とすると、行政書士が従来、 商業・法人関係で行ってきた書面作成業務は、主に「会社設立時における書面作成」であると思われるが、会社設立の登記自体、商業・法人登記全体に占める割 合は低く、例えば、平成16年における商業・法人登記1,957,302件のうち5.7%に相当する111,082件に過ぎないのであり、「会社設立時に おける書面作成の実績があるから、会社設立以外の分野も含めて商業・法人登記業務全体の開放を求める」旨の上記の要求は、商業・法人登記業務を適正に行う のに必要な知識及び能力の担保を全く欠くものであって、公的資格制度の目的にもとるものといわざるを得ない。4.結 論
以上のとおり、司法書士が行う商業・法人登記業務には高度な知識及び能力が要求されるものであるところ、行政書士は、単なる書面作成業務のみを行ってきた のであり、その書面作成業務の実績をもって、資格者として商業・法人登記業務を担う知識及び能力を有するものと認めることは到底できないから、商業・法人 登記業務を行政書士に開放することについて、当連合会は強く反対する。第3 行政書士の商業・法人登記遂行能力について
司法書士には、制度上、資格者として商業・法人登記業務を適正円滑に行い得るに足りる能力担保が図られているが、そのような能力担保が図られていない行政書士が商業・法人登記業務を行うことができるとすることは、到底認めることができない。1.試験制度の違い
行政書士試験においては、平成16年度については、一般教養として択一式20問、行政書士の業務に関し必要な法令等として40問(内訳、択一式35問、記 述式5問)が出題されているところ、このうち商法は択一式3問が出題されただけであり、商業・法人登記業務を行う上で必須の法令である商業登記法について は試験科目にすらなっていない。さらに、平成9年にまで遡って行政書士試験を検証すれば、平成9年から平成11年までは、商法の出題はわずかに択一式1問 (択一式全50問中)だけであり、平成12年から現行の試験制度となるも、同年から平成15年までは商法の出題は択一式2問だけであった。
一方、司法書士試験においては、平成16年度については、択一式全70問中、商法関連が8問、商業登記法関連が8問出題されているほか、記述式全2問中、 1問は商業登記の出題となっている。さらに、筆記試験合格者に対しては、口述試験が実施されるところ、この口述試験においても、商業登記に関する試問が行 われている。近時、司法書士試験は、国家試験の中でも難関試験の部類に入っているところ、択一式はその約4分の1が、記述式はその2分の1が商業・法人登 記関連の出題となっており、司法書士試験に合格するためには、これらの商業・法人登記関連の科目についても当然十分に習得することが必須であるから、司法 書士については、この試験制度を通して、商業・法人登記に関する最低限の知識及び能力の担保が図られている。
これに対し、上記の行政書士試験の現状を前提とすると、行政書士は、試験制度を通して、商業・法人登記を担当し得る知識及び能力の習得はほとんど図られていないというべきである。
なお、司法書士試験は、司法書士法に試験科目等、その内容についての規定が設けられているのに対し、行政書士試験は、行政書士法上、その内容についての定めはなく、同法第4条3項により、その試験の施行に関する事務が都道府県知事に委任されているに止まる。2.商業・法人登記業務の適正な遂行のための担保措置
司法書士となる資格を有する者(司法書士試験に合格した者等)が司法書士となるには、司法書士名簿に一定事項の登録を受ける必要があり(司法書士法第8 条)、これにより、商業・法人登記業務を含めた司法書士業務を適正に行うことができる適格者を把握し、その者のみに司法書士として商業・法人登記業務を含 めた司法書士業務を行うことを認めることとされている。また、司法書士に違反行為のおそれがあるときは司法書士会による注意勧告等(同法第61条)、司法 書士が違反行為をしたときは法務局又は地方法務局の長による懲戒処分(同法第47条)がされることとなっており、これらの種々の規定により、司法書士が商 業・法人登記業務等の司法書士業務を適正に遂行するよう担保されている。他方、行政書士については、上記のような法務局又は地方法務局の長等による監督 は、現状では何ら確保されていない。3.結 論
以上述べたとおり、行政書士は、そもそも試験制度を通して商業・法人登記業 務を担当し得る知識及び能力を習得しておらず、さらに、事後的な監督による担保措置も現状では確保されていないのであるから、そのような現状のもとにおい て、商業・法人登記業務を行うことができるとすることは考えられない。第4 隣接職種への業務の開放について
照会の趣旨は、かつて、司法書士が、法改正により簡易裁判所における訴訟代理権が認められたことを引き合いに、それと同列のもとのとして、今般、行政書士 への商業・法人登記開放を認めるべきであるという論調であるように見受けられるが、司法書士の簡裁代理権付与と、行政書士への商業・法人登記開放の問題 は、前提とする事実が全く異なっており、同列に論ずることのできない事柄である。1.司法書士に対する簡裁代理権の付与の前提条件
司法書士は、司法制度改革の一環として、司法に対する国民のアクセス拡充のために簡易裁判所における訴訟代理権を認められたのであるが、これが認められる前提には、次のような条件があった。
(1) 弁護士が簡易裁判所の事件に関与する率が著しく低かったり、過疎地に弁護士がいないなど、簡易裁判所の事件や過疎地における国民の司法へのアクセスが極めて不十分であったこと
(2) 司法書士には、従来から、職務範囲であった「裁判所提出書類の作成」という形で一定の裁判事件に関与し、本人訴訟支援を行っていたという実績があったこと
(3) (1)の間隙を埋めるものの存在として、簡易裁判所の事件や過疎地においては、実績ある司法書士に訴訟代理人としての関与を求める気運が高まったこと
すなわち、司法書士に対する簡易裁判所の訴訟代理権の付与は、司法書士の職域拡大要求に対してなされたものではない。簡易裁判所の事件や過疎地における 司法アクセスに対する国民のニーズの存在と、裁判業務における司法書士の従来からの実績を前提として初めて認められたものなのである。2.行政書士の商業・法人登記業務開放要求に前提条件が満たされているのか?
以上の条件を、今般の行政書士による商業・法人登記業務開放要求について置き換えてみるに、上記(1)については、「司法書士が、国民ニーズがあるにもか かわらず、商業登記を担当していない」などという事実は全く存在しない。商業・法人登記は、現状においても、司法書士によって十全に担われているのであ る。
上記(2)については、従来、司法書士が十全に商業・法人登記を担ってきたのであるから、登記申請書の添付書面となり得る書面の作成を行ってきたにすぎない行政書士について、商業・法人登記業務に一定程度関与してきた実績があると評価することはできない。
よって上記(3)の状況とは異なり、行政書士に商業・法人登記業務を担わせようなどという気運は、高まるはずもないのである。3.試験制度における前提の違い
さらに、司法書士の簡裁代理権付与の問題と、今般の行政書士による業務開放要求を比較した場合、試験制度に関しても、その前提が大きく異なる。
すなわち、司法書士においては、従来(司法書士制度誕生の時から)裁判所提出書類の作成は業務範囲内の業務であったため、以前から、民事訴訟に関する出題 は、司法書士試験において相当程度の割合を占めており、簡裁代理権が付与された前年である平成13年の司法書士試験においても、民事訴訟(民事執行及び民 事保全を含む)に関する出題は、すでに択一式70問中7問の割合を占めていた。この点、択一式40問前後中、商法はわずかに2問前後しか出題されないとい う行政書士試験とは異なるのである。4.結 論
以上のとおり、司法書士は、司法制度改革の一環として、司法に対する国民の アクセス拡充のために簡易裁判所における訴訟代理権を認められたのであるが、今般の行政書士による商業・法人登記業務開放要求については、必要とされる前 提条件を満たしておらず、同列に論ずることはできない。
資格制度は、専門資格者による専門業務遂行によって、国民の権利保護に資するために存する。規制緩和のみを理由として、なし崩し的に専門職能の職域をなくすことは、資格制度を崩壊に導き、国民の権利を保護することができなくなる。第5 日本行政書士会連合会との協議・意見交換等について
当連合会としては、依頼者である国民の利益のためには、他士業との協調を図ることにやぶさかではなく、むしろ、これを積極的に推進したいと考えるところ でもある。しかし、残念ながら、今般の行政書士による商業・法人登記業務開放要求は、行政書士の単なる「職域拡大要求」にすぎず、そこに「国民の権利と安 全を確保するため、国民に安心できるサービスを提供する」という公的資格制度の目的に対する自覚は感じられない。
よって、当連合会としては、かかる国民不在の議論には応じることができない。