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会長声明集
2011年(平成23年)11月16日
稼働能力不活用を理由とした新宿区の生活保護申請却下に対する取消等請求訴訟判決に関する会長声明
日本司法書士会連合会
会長 細 田 長 司
日本司法書士会連合会及び各地の司法書士会並びに全国の司法書士は、これまで多重債務者の生活再建支援、高齢者や障害者の支援、自死対策、労働者派遣問 題などの法律問題及び社会的諸問題に長年積極的に取り組んできた。現場におけるそれらの取り組みから、基本的人権の出発点でもある生存権について、平成19年12月17日「生活保護基準の拙速な引き下げに反対する会長声明」、平成21年4月6日「生活保護制度に関する緊急会長声明」、 平成22年6月30日「生活保護における老齢加算減額・廃止に関する福岡高裁判決に対する会長声明」、平成23年7月15日「被災者の生活保護の適用に不 平等が生じないことを求める会長談話」と声明を発表し、憲法第25条の理念が実現され、国民の権利が保護されることを要望してきた。
本年11月9日、厚生労働省は、7月時点における生活保護受給者が2,050,495人と過去最多の水準に達したと発表した。東日本大震災及び東京電力 福島第一原子力発電所の事故などの災害や海外の経済危機など経済状況の不安要素は多く、生活保護受給者のますますの増加が懸念されるところである。しかし、このような未曾有の危機的状況にある今だからこそ、多数の国民が生活に困窮することのないよう憲法25条の理念が発揮されるべきである。
ホームレス状態にあった原告が、平成20年6月、新宿区福祉事務所に生活保護の受給申請をしたところ、新宿区福祉事務所が「稼働能力を十分活用している とは判断できない。」という理由で生活保護申請を却下したことに対する生活保護開始申請却下処分取消等請求事件において、本年11月8日、東京地方裁判所は、原告の訴えをほぼ認容し、同処分の取消及び生活保護(保護の種類及び方法につき居宅保護の方法による生活扶助及び住宅扶助とするもの)開始の義務付けを命じる判決を言い渡した。
この判決は、生活保護開始の要件となる稼働能力活用の判断基準につき、当該生活困窮者が、①稼働能力を有しているのに、現にこれが活用されていない場合 であっても、②その具体的な稼働能力を前提として、その能力を活用する意思を有しているときには、③当該生活困窮者の具体的な環境の下において、その意思のみに基づいて直ちに稼働能力を活用する就労の場を得ることができると認めることができない限り、稼働能力の活用要件を充足するという判断を示した。その上で、一般に雇用契約が求職者の意思のみに基づいて成立するものではないこと、路上生活者が就くことができる職が土木建設作業員や空き缶拾い、段ボール集めのようないわゆる都市雑業に限られ、しかもそれは十分な収入源とはならないこと、それ以外の職に就くには連絡を取って面接を受けるなどしなければならないためホームレス状態では実際には困難であること等も認めており、現実の社会情勢や、ホームレス状態にある方が現実に就職することの困難などの実態に即した判決であり、極めて高く評価できるものである。
また、この判決は、生活保護受給者数が過去最高の水準に達したことに関連する言及をしている。「人が生活に困窮する原因は単純にその人個人の責任に帰す ることができるものではなく、基本的には資本主義社会のもたらす必然の所産であるから、生活に困窮する全ての国民に対し必要な保護を行うことは国の責務である」ことを前提に、必要な保護が行われることは「資本主義社会の基本原則の一つである自己責任の原則に適合しないものではない」と判断している。この判断は、憲法第25条の理念は重要であるから、安易な自己責任論により後退させてはならないことを示しており、稼働年齢層の生活保護の利用を問題視する報道が散見される中、生存権の重要性をあらためて確認するものである。
当連合会は、全国の福祉事務所は、この判決内容を真摯に受け止め、適切に生活保護行政を行うよう希求する。また、国や地方自治体は、生活保護受給者が増大している旨の報道に左右されることなく、憲法理念が失われることのない生活保護行政が堅持されることを強く要望し、併せて、すべての国民が少なくとも最低限度の生活を維持できる社会であり続けることを願い以上を声明するものである。