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会長声明集
2018年(平成30年)01月22日
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案の再提出に反対する会長声明
日本司法書士会連合会
会長 今川 嘉典
2016年(平成28年)7月、相模原市の障害者支援施設において殺傷事件が発生したことを受けて、厚生労働省内に「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」が設置された。同検討チームは、同事件の被告人が事件発生前に措置入院をしていたことを踏まえ、同年12月の「報告書~再発防止策の提言」において、措置入院者に対して退院後支援計画を作成すること等を提案した。これを受けて、2017年(平成29年)2月、第193回国会に「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律」(以下「本改正案」という。)が提出されたが、同年9月28日、衆議院の解散にともない、廃案となった。
当連合会は、全ての障害者のあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進する立場から障害者の支援に積極的に関与していく所存であり、その立場からも、次の理由により、上記同趣旨の本改正案を再度国会への提出には強く反対する。1.退院後支援計画は、本人の意思によらずとも作成できることとされており、障害者自身の自己決定権を侵害し、障害者の自律と自立を阻害するおそれがあるものである。
2.退院後支援計画は、警察の参加が予定されている「精神障害者支援地域協議会」の協議により作成されることとされているが、精神障害者の支援に警察の関与は必要なく、かえって、精神障害者は罪を犯す可能性の高い者であるとの誤解や偏見を生じさせる。
3.精神障害の中には、パーソナリティー障害のように、ものの捉え方や考え方の偏りから問題が生じるものがあり、支援計画に警察が関与することは思想の取締りになりかねない。そもそも、精神保健福祉法は精神障害者の福祉の増進を図ることを目的とするものであり、治安対策を目的とするものではないことに立ち返るべきである。
4.本改正案は、精神障害者に関する情報を本人の承諾なく警察等協議会構成員に提供することを可能としており、精神障害者のプライバシー権を侵害している。精神障害を理由に不当にプライバシー権の侵害を許すものであり、我が国が2014年に批准した障害者の権利に関する条約第22条に違反する。
5.本改正案の提案者は、当初、相模原市の障害者支援施設における事件と同様の事件の再発防止のために提出する旨の趣旨説明を行っていた。また、厚生労働省ホームページ上に掲載された改正趣旨説明文においても、同様の説明がされていた。しかし、2017年(平成29年)4月の参議院における審議中に、障害者関係団体等から治安目的の法改正になるとの批判を受け、厚生労働省は、被告人が措置入院となっていた事実と上記事件との因果関係については明らかでないと認め、改正趣旨を撤回し、厚生労働省ホームページに掲載されていた改正趣旨説明文を国会会期中であるにもかかわらず全文削除するという異例の事態に至った。以上の事実から、本改正案には立法事実が存しないことが明らかである。
6.そもそも、障害者の権利に関する条約第14条は、障害者の意思に反した強制医療・強制入院を禁止していることから、措置入院制度そのものの廃止を行うべきであり、退院後においてまで、本人の意思に反して「支援」することは許されない。
7.医療も支援も、本人の意思に基づかずに提供されるべきものではない。政府及び国会は、“Nothing About Us Without Us”(私たちのことを、私たち抜きに決めないで)という障害者の権利に関する条約の理念に立ち返り、あらためて、障害者当事者の意見の聴取、障害者団体等との協議等を経て、障害がある人もない人も隔てなく共生する社会の構築を目指し、精神障害者に対して提供されるべき必要な支援を再検討すべきである。