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意見書等
2006年(平成18年)02月03日
法務省民事局商事課 御中
「会社法施行後の会社の目的における具体性の審査の在り方」に関する意見書
日本司法書士会連合会
会長 中 村 邦 夫1.会社の目的における具体性要件について
われわれ日本司法書士会連合会は、商業登記申請における会社の目的の審査に関して、一律に具体性を要件とすべきでないと考える。
会社の目的に具体性が要求される理由には、主に二つある。一つは、既登記商号の保護の問題、即ち、商号権の範囲を画するという点であり、もう一つが、法人の行為能力の問題、即ち、株主が取締役または執行役の活動を一定の範囲に制約する、という点である。
(1)既登記商号の保護の問題については、会社設立手続の迅速化の要請から類似商号規制が緩和されたために、商業登記の点から会社目的範囲の具体性を求める理由は無くなったと言ってよい。
商業登記手続上の類似商号規制が無くなったからといって、商法、会社法及び不正競争防止法上の規制が無くなったわけではないから、その点については検討を要する。
商法第12条は、「何人も、不正の目的をもって、他の商人であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならない。」と規定しており、会社法第 8条は「何人も、不正の目的をもって、他の会社であると誤認されるおそれのある名称又は商号を使用してはならない。」と規定している。さらに不正競争防止 法第2条第1項第1号は、「この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。 一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号・・・その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているも のと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、 若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」と定めており、いずれも誤認されるおそれの判断や不正競争行為に当た るかどうかの判断は、実質的な判断により、目的の規定という形式的な問題は附随的な論点に過ぎない。
よって、この点からも目的の範囲の具体性を要求する理由は乏しい。
(2)会社の行為能力の点
取締役会設置会社(監査役設置会社及び委員会設置会社を除く。)の株主は、取締役が会社の目的の範囲外の行為をし、又はこれらの行為をするおそれがあると 認めるときは、取締役会の招集を請求することができ(会社法第367条)、さらに一定の場合には取締役会設置会社以外でも、取締役・執行役に対し、当該行 為をやめることを請求することができる(会社法第360条・第422条)。
しかし、これはあくまで会社の内部関係における事項であり、目的外行為の無効ないし取消を認めるものでもなく、取引の安全にも影響を及ぼさない。そういう 意味では、会社に対して法律がベスト・プラクティスを提示することをしないという今般の会社法の理念から考えれば、どの程度取締役・執行役に権限を与える かは会社の自治の問題である。
他方、大規模な持株会社のように、子会社が異動する度に目的の変更をしなければならないというのは不合理であるという、実際上の要請も存在する。
よって、株主が具体性の無い目的を選択し、抱え込む危険をパターナリスティックに予め排除するメリットと目的事項の審査に手間をかけるデメリットとを比較した場合、後者を重視することが会社法の理念に沿った選択であるといえる。
(3)役員の競業避止義務の判断について
役員・業務執行社員が競業避止義務違反に当たるか否かを判断する際、目的の範囲内の行為であるかどうかによって、競業の意思の有無を推定することができ る。しかし、大きな範囲の目的を許容した場合でも、取締役等の役員は、会社の業務について、報告を受ける等具体的にどういった業務を行なっているか、知っ ていなければならない立場に居る。
よって、定款の目的記載が具体的か否かにかかわらず、実際に会社が行なっている業務を基準として、抵触していれば、競業の認識もあったといわざるを得ない。
(4)よって、今後、目的事項に関して、具体性を要件とすべきでないと考える。
2.運用上の要望
しかし、実際上の問題として、取締役の想定外の取引によるトラブルに巻き込まれたり、第三者から見て信用上の問題を生じるなど具体性の無い目的を選択した 際のデメリットがあることも否定できない。これは会社の自治の問題であるから、当該会社の構成員や当該会社を取引相手とした債権者その他の利害関係人が自 ら負担すべきものであるが、市場にいる人間といえども皆が100%合理的かつすぐれた判断力の持ち主ばかりではない。
その点では、例示として挙げられているような,「商業」、「商取引」等の抽象的・包括的な目的の記載をいたずらに推奨すべきではなく、第三者から見たわか りやすさと会社の負担とのバランスを考慮した目的のひな型等を法務局に備え置くなど、安心して取引できる基盤整備を心がけていただくことが望ましい。
3.その他
(1)会社の目的における明確性要件について
本意見募集において、明確性要件については触れられていない。具体性と明確性の区別については、微妙な点もありうるが、明確な目的でなければ、適法か否か の判断すらできないことも考えられる。法的概念である以上、目的が明確であることは引き続き要求されるものと考えられる。その限りにおいて、今後も会社目 的について明確性が必要とされることに異論は無い。
ただし、明確性も具体性と相まって上記と同様の機能を果たしていたと考えられるところ、会社設立時や目的変更時に、必要以上に明確性の審査に神経質な判断 がなされることは、類似商号規制を緩和して、手続の迅速化を図った趣旨を没却することとなるので、運用面で留意されたい。
(2)目的の営利性
更に営利性について検討する。
一部では営利性についても不要となるのではないかとの意見もみられるが、会社が営利法人であることは、明文の規定こそ設けられなかったが、それはむしろ当然の事理として前提されている。
会社法第5条は、「会社(外国会社を含む。次条第一項、第八条及び第九条において同じ。)がその事業としてする行為及びその事業のためにする行為は、商行為とする」と定めている。
もちろん、会社の社会的な性格から、非営利事業を一切行えないということは現実的ではないし、判例・通説もこれを肯定している。
しかし、会社の目的は、会社法第5条にいう「事業」であり、同条はこれを営利行為であることを前提としているから、商法に定める絶対的商行為に該当しなくても、商行為と定めているものと解される。
よって、目的事項の営利性は、要件として維持するべきであると考える。